our story ~齋藤編~

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こんにちは。encyclo 齋藤です。

前回のour story ~水田編~に続き、今回は、私 齋藤がなぜencycloを立ち上げようと思ったのか、そのきっかけを書かせていただきます。

がんのこと、あまりにも知らなかった私。

2016年秋、当時の㈱ポーラの社長の命を受け、ポーラの一人のビジネスパートナーに会いに行きました。彼女は乳がん経験を経て、病院内でがん患者さんにハンドトリートメントをしたり、自身のがん経験を語るなどのボランティア活動に取り組んでいらっしゃいました。自分の経験を誰かの役に立てたいと、定期的な治療を続けながらの活動です。私はその姿に「何か」を感じました。

そのころ私は、がんに対する理解がほとんどありませんでした。
TVでは、がん保険のCMが多く流れ、「2人に1人が罹患する時代」といったメッセージも聞いていたのに。父も従姉もがんの治療を続けていたのに。がんに対する理解がほとんどなかったんです。

この出会いをきっかけに、少しずつがんについて学び始めました。女性は男性に比べ、就労世代でがんに罹患する率が高いこと、医療の進歩のおかげで、がんは「共に生きる」病気になってきたこと、入院期間が短くなり、働きながら治療する時代になってきたこと、やっぱり治療は大変であること…、など。

がんは共に生きる時代なのか…、私にできることは何だろう…。私は人事のキャリアが長かったこともあり、ポーラで働くすべての人を対象にした「がん治療と就労の両立支援策」を立ち上げたい、と思いました。当時の社長も、すぐに「やろう!」と。

製薬企業や生命保険企業ではなく、美容の会社が「がん」をテーマに動き出すことに、私は深い意味を感じました。先のビジネスパートナーや家族の姿も思い描きながら、治療の先の「生きる意味」を大事にしたい、と思ったんです。

がんと共に生きることは、病院や自宅に縛り付けることではない、社会の中でどう過ごしてもらうか…。両立支援を考えるにあたり、支える側の理解や感受性も大事だと思いました。その方のがんの経験、その経験から得た価値観から、ポーラ全体が学び、両立支援策そのものが輪が重なるように徐々に育っていくものにしたい…。

そのために社内外のがん経験者のインタビューを数多くさせていただきました。この両立支援策は「がん共生プログラム」という形で動き始め、輪も広がりました。

がん共生プログラムロゴ

両立支援策「がん共生プログラム」のロゴ。輪が重なるデザインに。

リレー・フォー・ライフ

がん支援チャリティ リレー・フォー・ライフの様子

 

 

がん経験者の声を聴く中で芽生える使命感

インタビューを続ける中で、私の中で徐々に別のミッションが芽生えてきました。多くの方が、がんになったんだから仕方ない、病気だから仕方ない、命は助かったんだから、ありがたく思わなきゃ、と不便なこと、不都合なことを我慢したり、あきらめたりしていることに気づいたんです。

がん治療後の人生がこんなに長いのに、2人に1人ががんになるのに、見過ごされているニーズがいっぱいある。医療は進歩したのに、治療後の人生を支える商品やサービスがあまりにも少ない。このことに気づいた時は、少し胸が苦しくなる感覚がありました。人生100年時代って健康で元気な時ばかりじゃないのに、なんだか健康な状態だけを前提に世の中が回っているように感じました。

インタビューした中に水田もいました。「病気になったら素敵に生きたいと思っちゃいけないのっ??」水田はこの状況に深い憤りを感じているようでした。すべての人に豊かに過ごしてもらいたい、そんな世の中に変えたい、という水田の強い想いが伝わってきました。

私はがんを経験していないから、すべてを理解できるわけじゃないけれど、がんを経験した当事者である水田の経験と視点が合わさると、化学反応が起き、世の中を前進させることができそうな気がしてきました。
あまり深く考えることなく、もう2人の中では当然のこととして 社内ベンチャー制度にエントリーしたのです。

OUR STORY 「合流編」に続く

 

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